11/29() 14時

「忙しいところ呼びつけてすまないな」
「いえ、問題無く仕事は進んでいるので大丈夫ですよ」
「そうか」

 相変わらず書類の山には囲まれているものの、今日は比較的にスムーズな進行ができていた。そのせいもあって、あまり家に居ることのない父を待たせずに済んだのは幸いだった。

「実は、この後すぐにまた、島を出なければならなくなったのだ」
「そうなのですね……ですが、お仕事ですから仕方がありません」

 そう、忙しいのはいつものこと。ならば、父が安心して仕事ができるよう、私が頑張るだけ。

「明日、転入生が来ることになっているのは知っているな?」
「はい、把握しています」
「だが私は、さっきも言ったとおり留守にしなければならない。すまないが、転入生へ一通りの説明などを、私の代わりに頼みたいのだ」
「わかりました」
「転入にあたり、事前に頼んでおいたことについては、何も問題はないか?」
「はい。従妹の藤白さんが一葉荘に移って下さいましたから」
「であれば心配はいらないか」
「説明の件も、きちんと対処しておきます」
「うむ、頼むぞ」
「はい」

 ただ……特別な問題があるわけではないけれど、一葉荘のメンバーのことを考えると、学園についての説明以外にもしなければいけないことがありそう……。
 だとするならば、口頭での説明では漏れがあるかもしれないし、紙での資料をまとめておいた方が良さそうね……。

「……用事は、その件についてのみですか?」
「ああそうだが、やはりまだ結構な仕事が残っているのか?」
「今日は特別……というわけではありません。仕事の量はいつも通りですね。ただ、その転入生に説明漏れの無いよう、資料を作っておこうと思いましたので」
「なるほど。代わりを任せている身の私がいうのもなんだが、あまり根を詰めすぎないようにな」
「はい、ほどよく息抜きはしていますよ」
「そうか」

 お部屋に行けばあの子たちが待っていて、その顔を一目見るだけで、いつも沢山の元気をもらえているのだから。

「ところで、出発は何時なのですか?」
「あと15分もしたら空港に向かわねばならん」
「そうですか……でしたら、準備もあるでしょうから私はこれで戻りますね」
「ああ、待ってくれ。遥月」
「はい?」
「その……聞きたいことがあるのだが」
「なんでしょうか?」

 どことなく余所余所しさを感じたのは気のせいだろうか。先程までの仕事の顔とは違う、別の何かが一瞬見えた気もしたし。

 「恋人はいるのか?」
 「……はい?」

 えっと……えっ?

 「だから、恋人はいるのか?」
 「…………」

 どういうこと? さっきまでの会話は事務的なものだけで、それが終わってもすぐすぐ出かけなければいけないというこの状況で一体……。

 「やはり、父親にこういうことは話しづらいか?」
 「い、いえ、そういうわけでは」

 いけない。このままでは恋人がいることをまるで口籠もっているかのように見られてしまう。けれど、質問の意図が分からないままでは……。

 「……そういう方はいません」
 「そうか……。ちなみに、だが……欲しいとは思わないのか?」
 「……」

 お父様の真意がやっぱり分からない。ただ、欲しいのかと言われると……。

 「……そういう余裕もありませんので」

 そうとしか答えられない。私の中にその問いの答えは見つからなかったから。実際に余裕がないのは間違いないのだから、嘘はついていないけれど。

 「そうか。突然すまなかったな」
 「い、いえ」
 「では行ってくる」
 「はい、お気をつけて」
 「分かった」

 慌ただしく部屋を出て行く父の表情も背中も、仕事に厳しいいつものそれと変わりが無かった。ただ単に、興味本位で聞いてきただけなのだろうか。
 それとも……。




11/30(月) 12時40分

 『2年3組の高村敦也さん。
 至急生徒会室へ向かって下さい。繰り返します――』

 放送部の方がお仕事をしてくれたので、次は私の番ね。
 昨日の事は、昨日の事。父がしてきた質問の真意は、まだ気になるけれど。
 転入生である彼の学園での生活が、なんの憂いもなく楽しんでもらえるよう、しっかりと説明をして……。

 「学園生活での楽しみ……」

 恋愛も、学園生活を楽しむという意味では普通にあることなのだろうけれど……って、いけないいけない。気持ちを切り替えなければ、説明に抜けが出てしまう。そうなってしまったら、迷うのは彼なのだから。
 私は生徒会長として……そして、理事長代理として、しっかりとお仕事をこなさなければ。

 ――コンコン。

 「はい」

 『えっと……高村敦也です。
 呼び出しがあって来たんですが』

 ……落ち着いて、いつもどおりに。

 「――どうぞ」