「に〜いぃ〜、朝だよ〜。まだ寝てるの〜? ねぇ〜」

 いつもは真面目でしっかりしてるにいだから、寝てるときも寝相はいいんだね。でもなんで掛け布団を被ってるのかな。これじゃあ苦しいじゃない。
 あ……そうか。

 「うふっ、寝てても恥ずかしがり屋さんなのかな〜? ほぉら、可愛い妹が起こしにきてあげたんだよ?」

 布団の中で無防備なにいを優しく起こしてあげるのが、妹の役目だから――って、うわっ!?

 「……びっくりしたぁ。もぉ、このタイミングで目覚ましが鳴るなんて。でも、あたしのTABと同じ着信音なんて、愛が遠回しだってばぁ、もぉっ!」

 それで、目覚ましはどこ?
 これだけハッキリと音がするのに、どこにも見当たらないんだけど……ほんとどこなのよ。

 「……あ、あれ?」

 これって…………。

 「んん……」

 ……なんだ、夢か。
 いつの間にか、ついうたた寝しちゃってたのか。うう、せっかくにいの可愛い寝顔を見られると思ったのになあ……。
 
 「けど、音はまだ鳴ってる……」

 ああ、あたしのTABか……って、早く出ないと!

 「も、もしもし〜?」
 『出られるまでにだいぶ時間がかかりましたけれど、まさか乃絵里は、うっかり寝ていたわけではないですよね?』
 「あっ、鳴ちゃん。そ、そんなことないよ?」
 『その話し方、明らかに寝起きじゃないですか。どうせ、兄さんに会えるのが楽しみで、夜はあまり寝れなかったんでしょう?』
 「あ、あはは……さすが鳴ちゃんだね。全部お見通しなんだ……」

 やっぱり鳴ちゃんには隠し事は無理か。どうせバレちゃうし。
 まあそもそも、隠すことなんかないけど。

 「それで、どうしたの?」
 『もうすぐ兄さんが到着する時間ですので、その前に一言、乃絵里にきちんとお願いしておこうと思ったんです』
 「あらためてどうしたの? もちろん鳴ちゃんのお願いなら、あたしは断ったりしないけど」
 『そう言ってもらえるとは思っていたのですが、やはり甘えすぎるのは心苦しいので』
 「そんなの気にしない気にしない」
 『はい、ではその言葉に甘えさせて頂きます』
 「うん、いいよ」

 にいもどこか真面目すぎるところがあるけど、鳴ちゃんも同じようなところがあるよね。
 やっぱり、兄妹なんだなあ……。

 『お願いというのは、兄さんのことです』
 「にいのこと?」
 『はい。兄さんが島のことをしっかりと調べていたのは、私も把握しています。何気ない素振りを見せてはいましたが、乃絵里からの話も含めて、きっと心を躍らせていると思います』
 「そうなのかな?」
 『興味のないことにはあまり反応を示さない兄さんが、風南島のパンフレットを穴があくほど眺めていましたからね』
 「それはもちろんじゃないかな。しばらく住む場所だし、なにより本島から遠く離れた島だしね」
 『私も、期待の表れからの行動だとは思うのですが、やはり不安も大きいのではないかと思っているのです』
 「……そうだよね。うん、あたしもそうだった」

 寮生活でも一人暮らしには変わりがないから、すっごく楽しみだった。けど、島へ来るときは、不安もいっぱいあったのは確か。

 『あのとき空港での乃絵里は、今生の別れのような顔をしていましたからね。ボロボロと涙をこぼしていましたし』
 「そ、それは言わないでってばぁ!」
 『まあ、その乃絵里と今回の兄さんの不安は、また別のものだとは思いますけれど』
 「……どういうこと?」
 『勝手の分からない場所での生活は、誰しも不安になるものです。ですが兄さんは、そういう不安を押し殺して頑張ってしまうと思うんです』
 「あー、すごくわかる」

 頑張っていたり、無理をしていたりすることを隠して、こんなの普通だよって言い張る頑固なところも、にいにはあるから。

 『兄さんのことです。どうせ何でも一人でしてしまおうとするでしょう。だから乃絵里に、兄さんを助けてくれるよう、お願いしたいんです』
 「……あははっ。もぉ、鳴ちゃんもそんなにかしこまることないからね? 初めっからそのつもりだったんだから、あたし」
 『本当ですか?』
 「大丈夫大丈夫! 鳴ちゃんの代わりに、にいの面倒をちゃんとみるから。いっぱいみるから。それはもうすっごいみちゃうから」
 『張り切りすぎることはないですよ、乃絵里。それと――』
 「ん?」
 『……代わりではなく、乃絵里として接したほうが、あの鈍い兄さんには効果的だと思いますよ』
 「えっ……?」

 なんだろう。どういう意味なのかな? いつもお堅いしゃべり方の鳴ちゃんらしくない、どこか気を緩めたような声色だったけど。

 「ねえ、今のってどういう――」

 ――ブー!!

 「あっ」
 『今のは呼び出しのブザーでしょうか?』
 「あはは、そうそう。この寮のインターホン、残念賞みたいな音がするから」
 『ということは、兄さんかもしれないですね』
 「うん、見てくるね」
 『では切りますね』
 「あっ、待って! 鳴ちゃん」
 『はい?』
 「にいのことは任せてねっ!」
 『ふふっ、はいっ。よろしくお願いしますね』
 「あははっ、もちろんっ。じゃあまたね〜」
 『はい、では』

 ……やっぱり、鳴ちゃんはにいのことが心配なんだろうな。
 でも……あたしだって。

 ――ブー!!

 「はいはーい! 今行きまーす!」

 ――あたしだって、にいの妹なんだからっ。